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◆「お金がなくなる感覚」がなくなった時

◆「お金がなくなる感覚」がなくなった時
私が18才の時、2000円だけ持って、札幌から東京に家出した話は、あちこちでしています。
昔から「閃いたら」すぐに!!!行動するタイプでしたが、この時もそうでした。

親と喧嘩して、「出て行ってやる!こんな家!」と雄たけびを上げ(笑)、
翌日に本当に出ていき、5年戻りませんでした。
喧嘩したのが夜の21時頃だったので、まさに12時間後には家を出ていました。

とはいえ「アテがあって」のことです。
思いつきに見える行動でも、未来が予測できないと、実は私は動きません。

それが、当時アルバイト情報によく掲載されていた「住み込みの新聞配達」の広告でした。
もともと「大学に入ったら新聞奨学生になろう」と思っていたので、
ある意味、計画的だったとも言えます。

引越料負担、交通費負担、家賃負担、食事つきと4拍子揃い
「お金がなかったらここで働けばいい」
と高校生の時から目星をつけていたのです。

広告通り、本当にお金がかからず、夜行列車で上野駅に着きました。
待ち合わせした新聞専売所の方に連れられた家賃0円の家……。

それが写真のボロアパートにソックリなのです!!

1階が「白龍」というラーメン屋さんで、2階に5つほど部屋がありました。
風呂ナシ、トイレ共有、洗面所(というかアルミの台)共有。
当時で築70年以上は確実に経過している雰囲気でした。
(もしかしたら100年だったかも?)

◆先日、東京を出る前に、探しに行ったのですが、
新しい建物が建ち、さすがに残っていませんでした。
朝日新聞の専売所は、そのままだったように思います。

18才まで何不自由なく、一軒家に住んでいて、
自分専用の部屋が12畳くらいあった私にとって、
このボロアパート暮らしは、相当に強いインパクトがありました。

何しろ、このボロアパートで与えられた部屋は、
おそらく3畳くらいしかなかったのです。
持ってきた2000円は、目覚まし時計を買って消えました。
(新聞配達は、朝の2時半に起きる)

次の給料まで1万円を前借して、1万円で生活しました。
100均のお店が何でも欲しいものがある宝の山に見えました。
本は古本屋で100円の本を買いました。
それ以外の家具的なものは、全てゴミ捨て場から拾ってきました。
(若干ホームレスに近い)

食事つきだったのもあり、1か月1万円で十分生活できました。
給料は9万円ちょっとあったので、十分すぎるほどでした。
毎月5万円は余裕で貯金していました。

この生活で私にお金のパラダイムシフトが起きたのです。
「お金はなくならない」と体感できたのです。

もちろん使えばなくなるのですが、
要は「お金を使わなくても豊かに暮らせる」と実感できたので
10万円あれば、お金はなくならない、と思えました。

18才の時に、この体験をしたのは大きかったです。
潜在意識にその情報が入ったのか、以後「お金がない」と感じることは一度もありません。
何しろ、10万あれば「豊かさは手に入る」と思えたからです。

東京の5年間の生活の最後は、家賃5万円のアパートに昇格しました。
給料が15万円でも、家賃を払い、月に5万貯金ができていました。

札幌に戻ってきたとき、「あの体験を無駄にしたくない」と思いました。
なので、この仕事をして一人暮らしをした時も、基準は「家賃5万円」でした。
どれだけ稼いでも、結婚するまで、その基準は変えませんでした。

結婚後は、ラグジュアリー好きな旦那さんの基準に合わせ、
タワマンに住みましたが、いまでも18才の体験は私の原点になっています。

今でも100均に行くと、言いようのないワクワクを感じますし、古本屋に行くとトキメキます(笑)。

◆18才でボロアパートに住み込み、新聞配達をした場所は、東京の北区にある「王子」です。
実は旦那さんが師匠について苦しい修業を積んだ場所も「王子」でした。

先日、王子を二人で巡っていたとき、懐かしい場所がたくさん一致していたことに驚きました。

苦しい時代を生き抜いた、という経験は、未来の自分に感謝されることだと思うのです。

私は18才の時の自分に、感謝をどれだけ伝えても伝えきれないほど豊かな経験をさせてもらったな、と思っています。

ボロアパートに感謝!

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